診療記録052:先生の留守を預かって
朝、診療所の鍵を開けたのは私だった。鍵が回る音が、いつもより少し大きく聞こえる。たぶん私の背筋が、昨日より固いせいだ。 扉を押すと、薬草の匂いと、消毒の刺激が混ざって鼻の奥に残った。床は昨日拭いたばかりで、うっすら光って […]
続きを読む朝、診療所の鍵を開けたのは私だった。鍵が回る音が、いつもより少し大きく聞こえる。たぶん私の背筋が、昨日より固いせいだ。 扉を押すと、薬草の匂いと、消毒の刺激が混ざって鼻の奥に残った。床は昨日拭いたばかりで、うっすら光って […]
続きを読む扉が開く前に、小瓶の音がした。硬いガラスが小さく鳴る。封蝋には、見覚えのある自家製の印章。 「おーっすリーザー!」 顔色は悪くない。足取りも軽い。痛みや吐き気の“患者の匂い”はしない。ただし、手の中の小瓶だけが、今日はこ […]
続きを読む鈴の音が、今日は少し遅れて聞こえた。扉の外で、一度だけ誰かが息を整えた気配がある。 扉が開く。 そこに立っていたのは、ルガディン族の男だった。大きい。けれど、あの日担架に沈んでいた“重さ”とは違う。立っている重さ。自分の […]
続きを読む扉のノックは控えめだった。開くと、甘いミルクの匂いと、洗い立ての布の匂いが一緒に入ってくる。湯気のない温かさ。抱えた体温の匂いだ。 顔を覗かせたのは、以前双子の出産を終えたララフェルの夫妻だった。出産から二ヶ月半。今日は […]
続きを読む扉を閉めると、診療所の音が一段落ちた。紙の擦れる音と、ペン先だけが残る。 「先生。座ってください」 シシスの声は淡い。けれど、逃げ道はない。 私は椅子に腰を下ろした。下ろした瞬間、背中が少し丸くなる。 「……猫背」「言う […]
続きを読む健康診断は、静かな作業だ。大きな病気を見つける日より、「何も起きていない」を確かめる日のほうが、ずっと音が小さい。 フリーカンパニーの面々が、入れ替わり立ち替わり診療所を訪れた。問診、脈、呼吸。簡単な霊流の確認。その横で […]
続きを読む最終日、最後に訪れたのは、顔なじみだった。 光の戦士として各地を巡り、戦場を越えてきた身体は、よく保たれている。筋力も、循環も、エーテルの流れも。大きく崩れたところがない。整っている。 一通りの確認が終わったあと、彼女は […]
続きを読む彼は診療所に入ると、一礼してから静かに立った。 暗灰色の髪を清潔に整えた、アウラ・ゼラの男性。侍として冒険者を続けており、刀を振るう姿は無駄がなく、安定している。 「……鱗が、少し荒れていて」 そう言って差し出された前腕 […]
続きを読む扉が開く前に、金属の匂いがした。研磨剤の白い粉と、油の薄い膜。袖に残る微細な粉が、光を吸って鈍く光る。 彼女が診療所を訪れたのは、約束の時間を少し過ぎてからだった。 「すみません。……どうしても、ひとつ仕上げ切りたくて」 […]
続きを読むその日は、扉を開ける前から声がした。笑い声。靴音。革の擦れる音。――薬草と消毒の匂いに、外の空気が混ざり込む。 診療所に集まっていたのは、私が運営するフリーカンパニーの面々だった。誰かが倒れたわけでも、担ぎ込まれたわけで […]
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