診療記録009:残された月の下で
- 種族
- ラヴァ・ヴィエラ / 男性 / 41歳
- 職業
- 木工師ギルド 職人
- 主訴
- 腹部痛・倦怠感
- 診断
- 腹部深部に広がる治療困難な疾患 / 余命4週程度
- 処置
- 疼痛緩和処置開始・家族への説明と緩和ケア導入の合意
木工師として、彼は長くグリダニアの森に生きていた。
森の静寂を好み、樹々の声に耳を傾けるようにして材を選び、手仕事に心を注ぐその背は、決して多くを語らずとも、職人としての誇りを十分に物語っていた。
初めて診療所を訪れたとき、彼は腹部に鈍い痛みを訴えていた。
顔色は優れず、痩せた体に刻まれた疲労の線は、慢性の病を疑わせた。精密な診察と検査ののちにわかったこと――それは、腹の奥深くに巣くい、静かに命を削る疾患。あまりに進行しており、手の施しようがなかった。
私は事実を、そのままに伝えた。治すことはもう叶わないが、痛みを和らげ、穏やかな日々を保つ手助けはできると。
彼は一度目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……わかりました。森のように、静かに終わるのも悪くない」
彼には妻がいる。彼と同じヴィエラ族で、森を愛し、彼のそばで長い年月を歩んできた女性だ。ふたりの間には、9歳になる娘もいた。
妻は最初、強く否定した。「まだ……何か方法があるんじゃないか」と。
娘は震える声で尋ねた。「……あと、どれくらいなの?」
私はふたりの手を取り、静かに答えた。
「――おそらく、4週ほどでしょう。けれど、それはただの目安です。大事なのは、残された時間をどう過ごすかです」
家族三人での話し合いは長く、そして涙に濡れていた。
だが彼は、静かに首を横に振った。
「治療に命を削るくらいなら、好きな木を見て、娘と散歩して、笑って終わりたい。……それでいい」
私は頷いた。痛みを和らげ、息がしやすくなるよう手を尽くすことを約束した。
「できれば……あの、春先に娘と一緒に植えた若木のところまで、もう一度行けたら……」
彼の願いは、ひとつ。
森の光の下で、愛するふたりと一緒にいられる時間を、少しでも多く重ねることだった。
私的記録:
痛みのなかに、静かな誇りを抱いている人がいる。
命の終わりが近づいても、歩みを止めず、目を逸らさず、木々の香りを確かめるように。――残された月の下で、森が優しく、見送ってくれるように。
小さな森の診療所 診療日誌をもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。
コメントはまだありません