診療記録002:英雄も胃には勝てず
- 種族
- アウラ・レン / 女性 / 25歳
- 職業
- 冒険者・書庫管理人・職人ギルド多数所属
- 主訴
- 腹痛・悪心・軽度の脱水
- 診断
- 軽度の食中毒(異国由来の香辛料・油脂による消化器刺激)
- 処置
- 整腸処置・水分補給・食事指導
この日、診療所の扉を押し開いたのは、どこか覇気の抜けた足取りの来訪者だった。
「……リーザぁ……助けてくれぇー……」
胃を押さえながらしゃがみ込むその姿に、私はため息をひとつ。
「まったく。何度も言ったじゃん。『知らない土地で油物ばっかり食べるな』って」
前日の夜、「明日そっち行くー。ちょっと食べすぎたかも」と軽い調子の連絡が入っていた。
まさか本当に、歩くのもしんどい状態で現れるとは。
来訪者は――アウラ・レンの女性。彼女は光の戦士と謳われ、今は私設図書館兼カフェ『月光』の書庫管理も任せている、少々食い意地の張った旧友だ。
今回の発端は、遠くトラル大陸を巡っていた際、各地の市場で気になる料理を片っ端から平らげていたという愚行にある。
「いやー、こっちじゃ食べられない食材が沢山でさ……。ほら、これとか」
と懐から干し肉のような何かを出しかけたところで、私は静かに制した。
「いいからしまって。それ食べたらまた来る羽目になるから」
症状は軽度の胃腸炎。香辛料の強い料理と保存状態の怪しい食材を一度に摂取したのが原因だろう。
診察室に入るなり、用意していた薬湯と粥を出す。
看護師のシシスが昨晩から仕込んでくれたもので、薬効はもちろん、やさしい味も胃に沁みるはずだ。
「こーゆー時はやっぱシシスのだな。美味い」
そう呟いて、彼女は静かにスプーンを進めた。
「外国行くと耐性無い食べ物とかあるんだよなー。消化できる酵素って後付けできない?」
と問うてくるが、
「それは診療所の仕事じゃないから。シャーレアン魔法大学にでも聞いてきな」
と私はにべもなく返したら、
「わかった、調子戻ったら行ってくる」
作る気か錬金術師。
彼女の手元にはいつも、何冊かの蔵書がある。
元から本の虫であった彼女は、私の営む書架に住み着くようになってからというもの、
どこへ行くにも本を離さない。
「今夜は診療所の奥に泊まってていいから。本は……ちゃんと片付ければ持ち込んでいいから」
彼女は笑って頷いた。
私的記録:
英雄の胃袋も、異国の油には勝てない。
それでもこうして戻ってくる居場所があることを、私は少しだけ誇りに思う。補記:その後、彼女から「まずラザハン料理向けの試作品作った」と丸薬状の酵素を持ち込まれた。
使うのはシャーレアンの認可が降りてからね。
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