診療記録011:最後の散歩、森の香り
- 種族
- ラヴァ・ヴィエラ / 男性 / 41歳
- 職業
- 木工師ギルド 職人
- 経過
- 診断より2週経過。疼痛緩和継続中。
- 処置
- 緩和ケア訪問・薬物調整・外出許可に伴う状態確認。
彼が初めてこの診療所に来てから、2週が過ぎた。
疼痛は徐々に強まってきていたが、ケシの実から抽出した鎮痛薬と、
処方した鎮静の香煙で、今のところは穏やかに過ごせている。
この日も、私は彼の住まいへと足を運んだ。
山あいの林のそば、木組みの平屋。彼自身の手によるものだと妻が言っていた。
「先生、今日はちょっとお願いがあるんだ」
彼は私の手を取り、少しだけ照れくさそうに笑った。
「娘と一緒に植えた若木まで、歩いていけないかって」
私は頷いた。今の彼にとって、歩くのは決して簡単なことではないが、今ならまだ可能だ。
薬を調整し、温かな飲み物を少しだけ口にしてもらい、外套を羽織らせる。
娘が彼の手を取り、妻が傍らで毛布を携え、四人で静かに森へ向かう。
春に植えたという若木は、すでに力強く根を張り、冬を越す支度を始めていた。
彼はしゃがみ込むようにその根元に手を触れ、そっと額を木肌にあてた。
「……この子が大きくなるまで、見ていたかったな」
妻がそっと膝をつき、彼の背を支える。娘は、言葉もなくそばに寄り添っていた。
「先生、ありがとう。……来られてよかった」
その声には、静かな満足があった。
森の香りが風に乗り、木々がざわめく。
この風景が、彼の心を支えてくれることを、私は信じている。
私的記録:
歩くのもやっとの体で、それでも森へ向かう人がいた。
木の香りに包まれながら、家族と手をつないで。
それは、生きるということそのものだった。
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