診療記録041:記すほどのことはない

種族
アウラ・レン / 女性 / 25歳
職業
冒険者・書庫管理人・職人ギルド多数所属
主訴
定期健診
診断
所見無し
処置
食事の際の指導

最終日、最後に訪れたのは、顔なじみだった。

光の戦士として各地を巡り、戦場を越えてきた身体は、よく保たれている。
筋力も、循環も、エーテルの流れも。大きく崩れたところがない。整っている。

一通りの確認が終わったあと、彼女は椅子に深く腰を預け、様子を見るように首を傾げた。

「……で?」

いつもの調子だ。
軽い言葉で、重いものを抱えたまま歩ける人の声。

「大きな問題はありません」
「んじゃ これで終わりか?」
「終わりにしてもいいんですが――ひとつだけ」

私はカルテを閉じず、視線だけを上げた。

「腹を下しやすいですよね」
「そこ!?」

驚いた顔が一瞬で浮かんで、すぐに笑いに変わる。
その笑いが出るなら、深刻ではない。だからこそ、今言っておく価値がある。

「食べる量と、内容と、速さ。全部、少し急いでいます」

彼女は柄にもなく溜息を漏らして、肩をすくめた。

「オフじゃゆっくり食べてるつもりだったんだがなぁ」
「“つもり”って、強いんですよ」

私は笑って、言葉を続ける。

「知らず知らずの間に、常在戦場が染み付いているのかもしれません。
気の緩め方を思い出しましょう、”冒険者”」

治療が必要な状態ではない。
けれど、繰り返せば、また同じ相談になる。
だから“今のうちに止める”。ただそれだけのことだ。

「そうだな。私は冒険者だ。気をつける」

そう言って、彼女は軽く笑った。
笑い方が、少しだけ柔らかい。

私はカルテを閉じ、全員分の記録をまとめる。
病名はない。処方もない。

それぞれに癖はあり、小さな歪みもあった。
だが今日は、誰も診察台に横になる必要はなかった。


私的記録:

健康とは、何も書かれない状態のことかもしれない。
異常がないという結果は、静かで、目立たない。

それでも今日、誰も倒れなかった。
それだけで、この診療所は十分に働いたのだと思う。

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