診療記録040:刃の下にあるもの
- 種族
- アウラ・ゼラ / 男性 / 27歳
- 職業
- 冒険者
- 主訴
- 定期健診(自覚症状は軽微)
- 診断
- 肌荒れ、鱗荒れ
- 処置
- スキンケア指導
彼は診療所に入ると、
一礼してから静かに立った。
暗灰色の髪を清潔に整えた、アウラ・ゼラの男性。
侍として冒険者を続けており、刀を振るう姿は無駄がなく、安定している。
「……鱗が、少し荒れていて」
そう言って差し出された前腕には、黒みを帯びた鱗が並んでいた。
縁の一部は白く乾き、光を受けても鈍いままだ。
「痛みは?」
「ありません」
「痒みは?」
「……時々」
答えは簡潔だが、
一拍、間があった。
触れてみる。
硬さはある。
だが、張りが足りない。
細かな亀裂が、指先に引っかかる。
「最近、手入れは?」
「特には。刀と装備は欠かしませんが……」
私は頷いた。
彼の生活を聞く。
長い野営。
乾いた風。
雨に濡れた夜。
戦闘のあと、そのまま眠ることもある。
「刀は、よく手入れされていますね」
そう言って佩刀に目を向けると、彼はわずかに頷いた。
「刃こぼれもない。油も、きちんと入っている」
「当然です」
その言葉には、迷いがなかった。
「鱗も、同じように扱われているように見えますか」
彼は少し考え込んだ。
「……守るものだとは、思っていました」
「ええ。守るものです」
私は前腕から手を離す。
「ただ、守られる側でもあります」
水分。
温度。
疲労。
それらを受け取る場所として、鱗はずっと外に出ている。
エーテルの流れを追うと、体幹は安定している。反応も速い。
だが、末端でわずかな滞りがあった。
「今すぐ困る状態ではありません」
そう前置きする。
「ただ、この感触のまま使い続けると――
いずれ、気づきにくくなる」
「感覚、ですか」
「ええ」
彼は視線を落とし、前腕を見つめた。
「割れた鱗は、戦いの跡だと思っていました」
その言い方は静かだった。
「跡ではあります」
私は答える。
「ただ、誇るには少し、声が小さい」
棚から小さな瓶をひとつ取り出す。
「薬ではありません。保護油です」
「……刃と同じ、ということですか」
「発想は、近いですね」
・戦闘後、洗い流す
・乾いたまま眠らない
・割れを、そのままにしない
「守るために振るう人ほど、守られる時間が必要です」
彼は瓶を受け取り、深く頭を下げた。
「……次に刃を研ぐとき、自分の鱗も、見ます」
その言葉を、私は否定もしなかった。
私的記録:
身体を鎧のように扱う者は、壊れるまで気づかない。
けれど、鎧ではない。
触れれば、応える。刃の下にあるものを知ることも、技のうちだ。
2件のコメント
読ませていただきましたー!!
鱗の手入れ…言われてみれば確かに、肌と同じようにきちんと手入れをしないと荒れてしまいそうな部位だなと気付かされました🤔
姿の違う種族がたくさんだから、種族特有の疾患だったり悩みにも寄り添える必要がありますな…!🙄
皮膚ほど入れ替わりが早い部位ではないからこそ、手入れが必要。
私はそう考えました。
そういえばアウラって脱皮するんですかね……?