診療記録038:測るということ

その日は、扉を開ける前から声がした。
笑い声。靴音。革の擦れる音。――薬草と消毒の匂いに、外の空気が混ざり込む。

診療所に集まっていたのは、私が運営するフリーカンパニーの面々だった。
誰かが倒れたわけでも、担ぎ込まれたわけでもない。

「今日は、健康診断です」

そう告げると、反応は軽い。

「え、全員?」
「倒れてないのに?」
「別に、悪いとこ無いけど……?」

私はそこで、一段だけ線を引いた。

「測るのは三人」

三人が同時に、微妙な顔をした。嫌がるというより、面倒くさがる顔だ。

「なんで……?」
「今さら?」
「リーザとシシスは?」
光の戦士が冗談半分に言う。

「今日は測定側」
私は短く返した。
「測って、聞いて、必要なら次を取る。それだけ」

診察台の横では、シシスが黙々と準備を進めている。
測定器具、記録表、消毒布。手つきは淡々としていて、無駄がない。

紙は三枚だけ、最初から置かれていた。約束の分だ。

「順番に。今日は“治す日”じゃない。測る日です」

問診は短い。症状を探しにいかない。生活の偏りだけを拾う。

「睡眠は?」
「食事は?」
「酒は?」
「運動は?」
「最近、休めてる?」

脈と呼吸。皮膚の色。手の冷え。肩の位置。
それから、いつもの確認――エーテルの流れの癖。

大きな異常はない。咳も、熱も、強い痛みもない。
笑い声も、まだ軽いままだ。
それでも私は、何度か手を止めた。

“病名”にはならない歪み。
でも、繰り返せば形になる歪み。

言葉は短く、結論だけ置く。説教にすると、次が来なくなる。
誰も強い痛みを訴えないからこそ、“今のまま”を信用しすぎない。

簡易の流れが途切れたところで、私は三枚の紙に目を戻した。
今回の本番だ。

「……じゃあ、一人目。時間を取ろう」

「結局、何もないなら、健診って意味あるの?」

誰かが半ば冗談めかして言う。場を軽くするための言い方だ。だから私は、軽く否定しない。
首を振ってから、言葉を選ぶ。

「“まだ”何も起きていない。それを確かめた」

一拍置いて続ける。

「それに、“起きる前の癖”は見えた。見えたなら次が打てる」

その横で、シシスが記録を閉じる。乾いた音が机に落ちた。
それから、紙の端に小さく書き足す。

――先生
――シシス

私は見ないふりをした。
診るのは三人。そう決めている。決めている……つもりだった。

「簡易はここまで。本番の三人、日を改めて順番に呼びます」

診療所を出ていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
命を救う場面よりも、こういう日のほうが判断に迷うことが多い。


私的記録:

測ることは、安心を買うためじゃない。
歪みが“形”になる前に、気づくための手間だ。
誰も倒れなかった今日が、ただの偶然で終わらないように。
――測る者ほど、いつか測られる側に回る。その順番を、後回しにしないこと。

2件のコメント

  1. おれがの より:

    今週も素敵な作品ありがとうございますー!!
    大きな歪みを作らないための健康診断…そう言われると、健康診断って大事ですね…自分もめんどくさがってる場合では無いな🙄←

    1. Liesa Clad より:

      そうですよー健康を維持するには定期検診と早期発見が重要ですからねw

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