診療記録033:嵐の前の静けさ、ふたりを迎える夜

種族
ララフェル・プレーンフォーク / 女性 / 31歳
職業
農婦
配偶者
ララフェル・プレーンフォーク / 男性 / 28歳
主訴
定期検診(妊娠38週)
診断
双胎妊娠継続中。ふたりとも健康。子宮口の開大わずかに認める。
処置
分娩兆候の説明、入院準備の指導。安静の維持と早めの受診を推奨。

扉が開く前に、ゆっくりした足音がした。
急ぐ歩幅ではない。お腹を揺らさないよう、一歩ずつ確かめるような歩き方だった。

入ってきた彼女の肘を、夫が半歩後ろから支えている。
妊娠38週。お腹はもう、抱えるというより前へ張り出していた。
椅子に腰を下ろす前、彼女は一度だけ息を止めた。張りが来たのだろう。すぐに収まったが、肩にはまだ力が残っている。

「痛みは?」
「強くはありません。……でも、時々、きます」
「出血は」
「ありません」
破水は?」
「まだです」

横でシシスが記録を取る。
私はそのまま触診エーテル視に移った。焦るところではない。けれど、遅らせる場所でもない。

第一児の頭位は安定。第二児の位置も悪くない。
子宮口は、わずかに開いている。
張りの間隔はまだ定まっていないが、身体はもう、迎える準備を始めていた。

「……もうすぐです」
そう言ってから、言葉を足す。
「本当に、あと少し」

彼女は小さく息を吸い、目元を潤ませた。
夫はその横で、彼女の手を握り直す。

「無事に迎えたいです」
返事は短かった。けれど、迷いはなかった。

「念のため確認します。分娩時の立ち会いは?」
「はい。そばにいます」

私は頷いて、それから一つだけ現実的な話をした。

「出産の最中、握られた手を骨折したご主人もいます。覚悟はありますか」

彼は一瞬だけ目を丸くした。
次の瞬間には、苦笑に近い笑みを浮かべる。

「もし手を握り潰されても、妻のほうがよほど痛いでしょう」
そこで一度、彼は彼女の横顔を見た。
「……それに、先生は治せますよね」

診察室の空気が少しだけ緩む。
シシスが肩をすくめ、私は「その前提で無茶をしないでください」とだけ返した。

入院の目安、張りの間隔、破水、出血。
来るべき時の手順を、ひとつずつ確認して渡す。
彼女は何度も頷き、夫はその横で一言も取りこぼさないように聞いていた。

帰り際、立ち上がる彼女より先に、夫の手が動いた。
支える準備を、もう身体が覚えている。
迎えるのは、彼女ひとりではないのだと思った。


私的記録:

命はまだお腹の内にある。
けれど、迎える側の手順はもう始まっている。
静かな夜ほど、そういう準備はよく見える。
ふたりがこの先の痛みと喜びを、同じ歩幅で越えられますように。

1件のコメント

  1. おれがの より:

    ついにこのご夫婦がお子さんと…!!
    もうすぐ会える楽しみと緊張感が伝わってくるお話でした☺️
    その時がくるのが楽しみです…

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