診療記録030:怒りと涙の跳躍
- 種族
- ヴィナ・ヴィエラ / 男性 / 25歳
- 職業
- 冒険者
- 経過
- 右踵腱断裂に対する組織修復術後。歩行・走行訓練再開。
- 主訴
- 跳躍動作に挑戦するも恐怖で動けず、感情爆発。
- 処置
- 補助下での小規模跳躍訓練を実施。着地は不安定ながらも成功。
「今日は、跳躍の動作に挑戦してみましょう」
そう告げると、彼の肩が大きく震えた。
広場に立つ彼の足は固く、膝はわずかに笑っている。
走ることはできた。だが“跳ぶ”となれば別だ。
それは彼にとって誇りそのもの――そして、恐怖そのものでもある。
「……無理だ。跳んだら、また切れる……!」
低く唸るように吐き出した声は、かつての敬語も形を失っていた。
私は一歩近づき、落ち着いた声で告げる。
「失敗しても構いません。ここには、支える者がいます」
だが、その言葉は彼の胸に届かなかった。
「支える? 違うだろ……! 跳べなきゃ竜騎士じゃないんだ! 跳べないなら……俺はもう、ただの役立たずなんだよ!」
感情が堰を切ったように溢れ出す。
悔しさ、恐怖、自己否定――すべてが涙となって頬を伝う。
そのとき、シシスが前に出た。
「役立たずかどうか決めるのは、足でも槍でもない。お前自身だ。
“終わりだ”と決めてるのは誰でもない、お前だろう!」
その言葉に、彼は歯を食いしばった。
大粒の涙を拭うことなく、叫ぶ。
「……なら、跳ぶしかねえだろ!」
彼は地を蹴った。
まだ高さも鋭さも足りない。
けれど、その身体は確かに宙へ――。
「うっ……!」
着地は崩れ、膝をついた。
しかし、切れた音はしなかった。
震える手を地についたまま、彼は嗚咽交じりに笑った。
「……跳べた……跳べたんだ……!」
私は彼の肩に手を置き、頷いた。
「そうです。小さくても、これが最初の跳躍です」
私的記録:
涙と怒りの果てに生まれた、小さな跳躍。
その瞬間、彼は「竜騎士として再び空へ戻る」道を確かに踏み出した。
次に求められるのは、跳躍を繰り返し、恐怖を超えることだ。
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