診療記録035:小さな旅立ち、続く絆

種族
ララフェル・プレーンフォーク / 女性 / 32歳
職業
農婦
配偶者
ララフェル・プレーンフォーク / 男性 / 29歳
主訴
産後経過観察・退院時説明(出産後7日目)
診断
母子ともに健康。授乳順調。黄疸なし。体重増加確認。
処置
退院許可。育児支援と小児定期健診のため、小児専門医を紹介。

朝の診療所は、薬草の匂いより先に布の音がした。
包み布を畳む音。替えの肌着を揃える音。小さな荷が、ふたつ分ある音だった。

出産から七日。
彼女は椅子に座っていた。動きはまだ慎重だが、もう“恐る恐る”ではない。
腕の中のひとりを支える角度に迷いがなく、もう片方が小さく身じろぎすると、視線だけで先に気づく。
夫は荷紐を結び直している。ほどけないか確かめる手つきが、妙に丁寧だった。

ふたりとも顔色は悪くない。
黄疸は見られない。体重は出生時より増えている。
吸啜きゅうてつも安定。母体の回復も、ここまでは順調だ。

私は記録を閉じて、結論から置いた。

「退院できます。母子ともに」

夫が短く息を吐いた。
彼女は腕の中を見てから、ようやく肩の力を抜く。

終わりではない。
ここから先は、家で続けるための手順に切り替わる。

紹介状を取り出して、机の上に置く。

「次は小児科に渡します。ウィリス先生です」
彼女が顔を上げる。
「子どもにはやさしい。親には少し厳しい」
そこで一拍置いてから、私は続けた。
「でも、それでいい人です。乳児を見る目が細かい。最初のうちは、そのくらいのほうが助かります」

夫婦は顔を見合わせた。
先に笑ったのは夫のほうだった。

「では、ちゃんと叱られてきます」
「叱られに行くわけではありません」
シシスが即座に返す。
「覚えることが多いだけです」

彼女もそこで小さく笑った。
疲れの残る顔だったが、笑い方はもう出産直後のそれではない。
眠れていない親の顔で、でも崩れてはいない顔だった。

私は紹介先の場所と受診の目安、熱、哺乳、便、眠りの変化について、必要なことだけを順に確認した。
夫は紹介状を両手で受け取る。
彼女は子を抱いたまま、ひとつも聞き漏らさないように頷く。
もう“話を聞く家族”ではなく、“続ける家族”の頷き方だった。

「先生……ありがとうございました」

深く頭は下げなかった。
下げられなかった、が近い。腕の中にふたりいる。
だから彼女は、抱いたまま言った。
そのほうが、この一週間らしかった。

「こちらこそ」
私は短く返す。
「ここまで守ったから、今日があります」

扉の前で、夫が荷を持ち直す。
彼女は赤子を揺らしすぎないように、いつもより小さな歩幅で向きを変える。
来たときより荷は増えているはずなのに、出ていく背中は前より整って見えた。

退院は、軽くなることではない。
持ち方が決まることだと思った。


私的記録:

退院は終わりではない。引き継ぎだ。
ここで守った命を、家へ、生活へ、次の医師の手へ渡す。
小さな産声の先にあるのは、特別な奇跡ではなく、続いていく手順の積み重ねだ。
今日その形が、ようやく親の掌に馴染みはじめていた。

2件のコメント

  1. おれがの より:

    今週もこのご家族のお話が読めて嬉しいですー!☺️
    母子共に健康そうでホッとしながら読み進めてました…
    ご夫婦のお互いを想い合う姿がいつも本当に素敵で、今度はお子さん達と素敵な日々を送って欲しいですな☺️✨

    1. Liesa Clad より:

      ララフェルなので想像以上に小さな命を二人抱いて帰って行くんでしょうね……
      これから子育てで大変な家族ですが、見守ってあげていただけると幸いですw

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